山口地方裁判所 昭和23年(行)53号 判決
原告 佐内祐太郎
被告 山口県知事
一、主 文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「別紙目録記載の土地に対し、被告が昭和二十二年七月二日なした買収処分並に山口県美禰郡綾木村農地委員会が同二十三年二月十六日樹立した売渡計画は無効であることを確認する」「訴訟費用は被告の負担とする」。との判決を求め、その請求原因として、別紙目録記載の土地は登記簿上訴外土山幾蔵所有名義であつたところ、同訴外人は山口県阿武郡佐々並村に居住し、本件土地の所在する綾木村に在村していなかつたため、被告は同訴外人の所有とし昭和二十二年七月二日不在地主の所有小作農地として買収の処分をなし、次いで訴外綾木村農地委員会は昭和二十三年二月十六日本件農地の売渡計画を樹立したので原告は法定の期間内に異議申立、訴願に及んだところ、訴外山口県農地委員会は同年七月十三日訴願は相立たない旨の裁決をし、同年十月二十八日その旨原告に通知した。しかし乍ら
一、原告は代々農業を営み、本件土地の他多数の不動産を所有していたが、昭和初年頃多額の債務を負担するに至つたため、その執行の免脱を計る目的で親族訴外土山幾蔵と通謀し原告の財産一切を同訴外人名義に仮装譲渡しその旨の登記をした。その後原告の債務もなくなり所有名義を仮装する要もなくなつたので昭和十七年頃山林等については原告名義に登記を復したが、農地は法令の制約をうけ所有名義へ移転変更の手続ができなかつたので本件土地は依然訴外土山幾蔵名義に仮装登記したままであるが、原告が真実の所有者であることは変りはなくその使用収益は原告がなしていたものである。
二、本件土地中四乃至七の土地は約十年前から八乃至十一の土地は古来から原告が故意に荒地とし、農家に欠くことのできない堆肥原料畜牛の飼料にあてる採草地として使用しているのもので一部には樹木も生茂しており農地ではない。しかるに訴外大賀末一は昭和二十一年六、七月頃から何等の権限がないのにかかわらず原告の制止をきかないでその一部を開墾し不法に使用しているもので使用耕作する権利は何等有していない。
三、本件土地中一、二及三の土地は古来から原告及び原告娘佐内ノブエが耕作しているもので一は昭和二十一年五、六月頃疎開者大賀末一の懇望により一時的に耕作させていたもので二、三は何人にもこれを耕作させたことはない。
四、本件土地中十二は原告が古来から自作してきたもので戦時中鮮人を雇い小作させていたが内実は原告と鮮人との共同耕作で収穫は折半していたものである。
右のように原告は本件土地の真実の所有者で古来から使用耕作をしているものであり、本件土地中四乃至十一の土地は農地でなく、採草地であるにもかかわらず登記簿上の仮装名義人訴外土山幾蔵の所有農地とし不在地主の小作地としてなした被告の買収処分は無効であり、右買収に基く訴外綾木村農地委員会の本件土地の売渡計画も亦無効であるのに、被告はこれらの処分を正当と認め爾後の手続を強行しようとするからこれが確認を求めるため本訴に及んだと述べ被告の答弁事実を否認した。(立証省略)
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、本件土地が登記簿上山口県阿武郡佐々並村に居住する訴外土山幾蔵所有名義であつたので、被告が同訴外人の所有と認め昭和二十二年七月二日不在地主の所有小作地として買収したこと、及び訴外綾木村農地委員会が同二十三年二月十六日本件土地の売渡計画を樹立し、原告がこれに対し法定の期間内に異議申立、訴願に及び、訴外山口県農地委員会が原告主張の日に原告主張のような裁決をなし、同裁決が原告主張の日に原告に通知されたことは認めるが、その余の原告主張事実は否認すると述べ、仮りに原告主張の如く本件土地が原告と訴外土山幾蔵との通謀により、登記簿上同訴外人に登記名義が仮装移転されたものとしても一、行政庁が農地を買収するにあたりその農地の所有者は何人であるかを決定するには、土地台帳又は登記簿の記載を標準として、右公簿に表示の所有者を所有者として取扱うより他は方法がないから公簿上の所有名義人を当該土地の所有者として買収の対象となすことは行政行為の本質上当然のことであり、このことは農地に関する限り法は登記の公示性を公信性まで止揚したのである。従つて所有権の移動その他の変更があつても登記簿に表れない権利は主張することはできないのであるから、原告訴外土山間の所有権移転登記手続が虚偽表示で無効であり、同訴外人は本件土地の真実の所有者でないとしても、登記簿上その旨の記載はないから被告の買収処分に違法はない。しかして自作農創設特別措置法第十二条により買収令書の交付のあつたときは、買収時期において買収農地に関する権利は消滅することからしても、原告が買収処分以後その所有権を主張することは許されない。
二、原告訴外土山間の本件土地の所有権移転登記手続が虚偽表示であるため無効であるのは当事者間に限局されるのであつて、その無効をもつて善意の第三者に対抗できないこと民法第九十四条第二項に規定するところであり、行政行為についても同条の適用を除外すべき根拠はないから、原告はその無効をもつて被告に対抗することはできない。右のように被告のなした本件土地の買収処分は適法であり、従つて訴外綾木村農地委員会の樹立した売渡計画もまた適法であるから原告の請求に応ずることはできないと述べた。(立証省略)
三、理 由
本件土地が登記簿上山口県阿武郡佐々並村に居住する訴外土山幾蔵所有名義であつたので、被告が同訴外人の所有と認め昭和二十二年七月二日所謂不在地主の所有する小作地として買収したこと、及び訴外綾木村農地委員会が同二十三年二月十六日本件土地の売渡計画を樹立したことは当事者間に争がない。
原告は、本件土地の所有者は原告であつて、登記簿上の名義人訴外土山幾蔵は原告と相通謀しその名義に右土地の所有権の仮装譲渡登記を受けたものにすぎないと主張するから按ずるに、成立に争のない甲第一号証と証人井上信槌、山中久一、佐内ノブエ(第一回)佐内育造の各証言を綜合すれば、原告は昭和六年頃多額の債務を負担し、その執行を受ける虞れがあつたのでこれを免れる目的で、原告の子訴外土山省一の養父土山幾蔵と相謀つて、本件土地を含む原告所有の土地を土山幾蔵の所有名義に仮装譲渡することとし同年頃その所有権移転登記手続をなしたが、依然真実の所有者は原告であつたので引き続き原告が使用収益していたこと、本件土地の地租は右所有権移転登記手続後二、三年位は土山幾蔵が納めていたが、その後は原告が納入していて登記簿上の所有名義人土山幾蔵は真実の所有者でなく原告が真実の所有者であると認定することができ、以上認定を覆えすに足る措信できる証拠はない。
被告は行政庁が土地を買収するにあたつては公簿上の所有名義人を当該土地の所有者として取扱うより方法がないから、公簿上の所有名義人を当該土地の所有者として買収の対象となすことは行政行為の本質上当然であり登記簿に表われない権利は主張できないと抗弁するが、農地買収処分は一般私法上の法律行為とはその性質を異にし行政庁が公権力をもつて所有者から強制的に買収する行政行為であるから、行政庁はその処分をなすに際しては国民の権利を不当に侵害することのないよう真実の所有者は何人であるかを充分調査すべき義務を負担し、かつその調査は不可能ではなく種々の方法がありうるので単に登記簿上の所有名義人のみではなく更に真実の所有者についての調査をなすべき義務があるというべきであるから、被告の右抗弁はその独自の見解に基くもので採ることはできない。自作農創設特別措置法第十二条の規定は農地買収が適法になされた場合の規定であるから、その適否が争はれている本件の場合においては同条により原告の所有権がすでに消滅したとする被告の主張も到底採用することができない。次に被告は行政行為についても民法第九十四条第二項の適用があると抗争するけれども、私人間の取引安全の保護を立法趣旨とする民法第九十四条第二項の規定を、前説示の如く、一般私法行為と異なる農地買収なる行政行為に援用することはできないと解するを相当とするから、被告の右抗弁も亦採用できない、仍て被告の公簿上の所有名義人土山幾蔵を所有者としてなした本件土地の買収処分は瑕疵があるといわねばならなぬ。
次に原告は本件土地中四乃至十一の土地は採草地で農地でないと主張するからこの点について判断するに証人佐内育造、佐内ノブエ(第二回)の各証言及び検証の結果並に原告弁論の全趣旨を綜合すれば、右土地は公簿上農地であつて現在でも各地番の区画は三尺乃至五尺の高低差によつて明確になつているが、原告が十数年前頃から耕作を廃して堆肥原料畜牛の飼料に充てる採草地として使用していたもので、その間に七の土地は約三分の一程度竹林となり、九の土地には目通し七、八寸の櫟二十四、五本点在し、十、十一の地上にも直径二、三寸の櫟、栗、茶の木等が生育点在しており、本件買収処分当時即ち昭和二十二年七月二日現在は採草地であつたが、その後原告が訴外大賀末一に八の土地の使用を許した結果、同訴外人は八の土地を開墾耕作するほか、更に原告に無断で勝手に四、五、六の土地及び十、十一の土地の各一部を開墾したことが認められ他に右認定を左右するに足る証拠はない。しかして採草地は自作農創設特別措置法第十五条又は第四十条の二により買収するもので、同法第三条の不在地主の所有小作地として買収することは許されず、農地と採草地との買収処分はその根拠法令を異にしその手続、要件が異なるを以つてその間に処分の同一性は認められないから、被告の本件買収処分を採草地の買収処分として適法となす余地はなく、被告の右四乃至十一の各土地に対する不在地主の所有小作農地としての買収処分は瑕疵があるといわねばならぬ。以上認定の如く被告の本件土地の買収処分には、所有者を誤つた点及び採草地を農地と誤認した点に瑕疵が存する。しかして原告は右瑕疵は本件買収処分を当然無効ならしめるものであると主張するからこの点について判断するに、行政行為が当然無効とせられるがためには、その行為に内在する瑕疵が重要な法規違反であつて、且その存在が客観的に極めて明白であるか又は行政庁がその行為が重要な法規違反であることを知悉しながらあえて、違法な行為をなしたことを要するのであつて、その瑕疵が存するか否か明白ではなく行政庁又は裁判所の審議を経た認定をまつて始めて決定せられるような場合は、その行政行為は単に取消されるにすぎないと解するを相当とする。そこで本件の被告が所有者を誤つた点について考えてみるに、被告の買収処分に到るまでの一連の手続中関係行政庁が本件土地の真実の所有者が原告であることを知つていた事実は何等認めるべき資料がないから、被告は登記簿上の所有名義人土山幾蔵を所有者と信じ、原告所有の事実は知らなかつたと認める外なく、而して農地買収処分に際し一々農地所有権の実質的帰属を充分調査することは、急速に農地改革をなす必要に迫られている場合困難という外ないから、本件土地の買収手続中関係行政庁が真実の所有者は原告である事実を知つていた場合はともかく、知らなかつた以上、登記簿上の所有名義人を所有者としてなした本件買収処分が直ちに当然無効となるとはいい得ないと解するし、採草地を農地と誤つた点も、右認定の如く本件四乃至十一の土地は公簿上いずれも農地で、十数年前まで農地として耕作しその後その耕作を廃したため雑草や樹木が生育したもので、採草地か農地か見る人の主観によりいずれにも認定できかような場合被告がその認定を誤つたとしてもその処分は当然無効ではなく単に取消され得るにすぎないと解するから原告の右主張は採用することができない。
次に原告は本件土地中四乃至十一の土地を除く土地は原告が自作又は一時賃貸した土地であるから買収できないと主張するが、前判示の如く不在地主土山幾蔵の小作地としてなした被告の本件買収処分は取消され得るにすぎないのであるから、真実の所有者たる原告が本件処分の取消を求めるには一定の出訴期間がありその期間経過後は争いえないことになつている。然らば原告が右出訴期間経過後前顕土地の真実の所有者が原告であることを前提とし、それが原告の自作地又は一時賃貸地であることを理由として本件買収処分は当然無効であると主張することは行政行為の公定力を無視するもので到底是認し得ないから原告右主張は採用の限りでない。
以上のように被告の本件買収処分の瑕疵は取消原因たり得るにすぎないもので当然無効ではない。しかして被告の本件土地の買収処分は前示の如く昭和二十二年七月二日であること当事者間に争ない事実であり、原告の本件訴の提起は昭和二十三年十一月十七日であること記録上明らかであるから、昭和二十二年法律第二百四十一号附則第七条の出訴期間を経過しており、その取消又は変更を求めることはできないから、原告は被告の本件買収処分の違法を争うことは最早や許されない。
次に原告は訴外綾木村農地委員会がした本件土地の売渡計画の無効確認を求めているが被告の本件土地に対する買収処分は前示の如く有効であるから、右土地に対する右村農地委員会の売渡計画が当然無効となるものでないこと勿論であり、買収処分の瑕疵は売渡処分手続には承継されないと解されるし、又被告知事は右売渡計画の処分庁でないから被告適格を欠いておるから、原告の右売渡計画に対する主張は結局不適法たるを免れない。
よつて原告は本訴請求はすべて失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の点について民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 御園生忠男 黒川四海 大前邦道)
(目録省略)